5.紘宮珠洲子
撫子第一子の話。
名前:紘宮 珠洲子(ひろみや すずこ) 職業:剣士
1018年12月~1020年11月(1歳11ヶ月)
女子14番、水髪、土肌、土目
親:撫子、七枝タケル 子:椛
信条:温故知新
「さようなら……」
- 当時のメモを見ると基本的に真面目との記述。母親である撫子が結構ふわふわしてるイメージがあるので反面教師というメモも見られました。
- 火と土が高いというメモもあるのでおそらく活火山のように怒りっぽくてすごく頑固な子だったんだろうなと感じます。実際今持ってるイメージもそんな感じで感情的な子というイメージです。
- 初代の第一子の血脈で早逝した第一子を抜いて唯一当主ノ指輪を受け継いでいない子です。なんとなくそれもコンプレックスになってるんじゃないかなとぼんやりと思います。
- 初めて向かった大江山で弟である椎真が死地を脱してしまったことや自身が指輪を受け取ることができなかったことなど春賀への評価がとんでもなく低いというキャラ付けがされています。同時に春賀が指輪を持て余していることも理解していてどうしてあの時初代は春賀を選んだのかを生涯疑問に感じていたのではないかなと考えてます。短い小説を書き上げる程度にはここら辺についてかなり考えました。
- 自分より一月あとに生まれた茶介に先立たれ、ずっと憎んでいた春賀もいなくなり、自分の娘が当主となったという環境変化に一番ついていけなかったのは彼女じゃないかなとも感じるところが今でもあります。
- 遺言がさようならの一言なのは未だに理解が及んでないものの、家族が好きだけど素直になれなくて当主を筆頭に強く当たっていたから、余計な言葉を言う権利はないと考えて告げたのかなという解釈もありかなと思います。今後も変動していきそう。
次は撫子第二子、椎真。
続きは珠洲子から春賀にかかえていた感情を文章にしたやつ。
・少女が夢見たその楔
――春賀姉を可哀想だと思う。
きっとお祖父様はそうは思わなかったのだろう。でもあの人は当主足り得る器ではないと思う。これは私の考えだ。
もしかすると、あの人が隠していた勇気を一つ持って、当主然とした振る舞いをしてくれるのかもしれない。彼女が選ばれた日、私はそう考えた。
けれど、待てど暮せど彼女は戦いに赴くよりもずっと、蝶よ花よとひだまりの中で笑っている方が似合う少女のままであった。
確かにあの人の弓は強かった。あの人の弓のたった一閃。それだけでばたりと倒れていく鬼たちの姿。今も網膜に焼き付いたその景色。
彼女の弓は強かったから、私達は勘違いしてしまったのだ。ご立派な当主様であらせられると。
だから、バチが当たったのかもしれない。
大江山で瀕死となった椎真を背負ったあの日、ふとそんなことを考えた。彼女の采配にミスがあったのか否か、それを知るのは彼女とともに出陣しなくなった頃だった。
春賀姉が出陣しなくなったのはいつ頃だったか。
治りの遅い茶介を心配してよく見舞っていた彼女はある日ふらりと体を倒した。めまいがするとつぶやいた彼女の姿に私は愕然としてしまった。
ああ、彼女は、私よりもふさわしいと当主に選ばれたのに、私より先に逝く。当たり前だ。私達にかけられているのはそういう「呪い」だ。先に生まれた者が後に生まれる者より長生きできるわけがない。そう、そう信じていたのだ。
しかしながら、その頃から茶介も少しずつ弱っていって、彼より一月ばかり先に生まれ落ちた私はずっと元気なままだった。
春賀姉と茶介が抜けた討伐隊は、それでも順調に鬼を狩る。そうでないと死んでしまうのは私たちだから。
春賀が自由に外を歩けなくなった夏、私は彼女が背負っていた重みを理解することになった。
きっと大丈夫だと飛び込んだそのいくさは、死者こそ出さなかったものの、満身創痍になり、ほとんど死にかけとなった家族を一人出した。
そのとき、隊長として指示を出して、これを彼女は今までずっと背負ってきていたのか、とふと感傷に浸ってしまった。
「珠洲ちゃん、お父様は……初代様はどうしてあたしを選んだんだろうね」
当主となった頃、ふと春賀姉はそんな言葉をこぼした。私はじいさんが母さんに話していたことを知っていたから、それをそのままぽそりと話していた。
「あのとき戦場を知ってたのは春賀姉だけだったからだよ」
そのときの彼女がどんな顔をしていたか。ほんの一年と少し前の出来事であるはずなのに全く思い出せない。
いつからか彼女は弱音を吐かなくなり、イツ花にオシャレを説いて、娘である苑華を愛して倒れてしまった。
「新、当主は、椛に。珠洲ちゃんの、ご子息に」
お祖父様は一年と六ヶ月。私のおばさまにあたり、姉のような存在だった春賀は一年と九ヶ月。
大変ですお祖父様。あなたが選んだあのとき唯一戦場を知っていた少女は、あのときの候補者の中の誰よりも早く、この場を去ってしまいます。
椛は撫子姉様の血筋だから。撫子姉様は早かったけれど、それでもきっとこの位は撫子姉様の血筋が持つべきだから。
春賀姉がぽつりぽつりと話す言葉が耳から抜けていく。春賀姉は自分の娘である苑華に、あの指輪の重圧は託さなかったのだ。それはひどくずるいことのように感じてしまった。
「ずるい、そんなの」
私がこぼした言葉に春賀は苦しげに笑ってみせた。ごめんね、珠洲ちゃん。珠洲ちゃんならよかったのにね。だなんて。
「そうだね。きっとそうだったんだ」
家族が涙を流すさまをガラス越しに見ている気がした。茶介だって起きているのは辛いはずなのに、椎真に支えられながらそれでもまっすぐ春賀を見ていた。
そんな彼らを見ながら、春賀は最期の言葉をこぼしたのだ。
「早すぎるってほどじゃないし、あたしなんか惜しい人でもないものね」
ああ、どうして春賀姉はこの家に生まれてしまったのだろう。
京都は壊滅状態ではあるけれど、下町でもどこでも。普通の家に生まれ落ちた少女であったなら、こんなふうに自分を卑下することなく育っていたのだろうか。
鬼を殺すことにためらいを持ち、おのれの采配で椎真が倒れてしまったときにその手で大将を射落とし、帰還後に涙を流して謝罪をしていた彼女はその身のうちにどれほどの気持ちを抱えていたのだろうか。
あのひどく白い山を歩いたあの日、彼女を責め立てた私に願う権利があるとは決して思えないけれど、どうか、彼女が苦しまぬように。彼女が次の生を受けるとき、その身に幸福があるように。
次のときには、当主、というしがらみから解放されるように。蝶や花を愛でて、普通の速度で育つことができるように。
私はただ願うことしかできないのだ。
……やっぱり、春賀姉は可哀想であったと思うのだ。